軍などという、それこそ「群れこそ正義」的な場所に長年身をおいていると、次第に画一的な思想にとらわれがちになってくる。

 努力目標とはいえ曲がりなりにも、市民を守る、ということが軍隊の仕事なのだから、そんな柔軟性に欠ける思想はけしからん、と思う人がいるかもしれないが、群れの中で一人そんな事を声高に叫んでみたところで、一蹴されて危険思想だなんだと排除されるのがオチというものだろう。

 理想と現実。

 そのあまりのギャップに軍を去るものも少なくない。

 しかし、軍国家のケロンに仕官以外のまともな職業があるはずもない。

 

―中略―

 

 希望を求めて軍を去った前途有望な若者を待っているのは、皮肉な事に更なる絶望と貧困。

 

 そしてそう遠くない死である。

 

『ケロン星における軍属の社会的地位とその比較』より

 

 

 

I'm a soldier

 

 

 

 「すんだか」

 深緑の軍服に身を包んだギロロが、扉から出てきたケロロを見るなり、そう声をかけた。

 「うん・・・まっててくれて、ありがとね。ギロロ」

 そう言った彼の顔色は、蒼白を通り越して土気色だ。

 きっと昨日から寝ていないのだろう。

 死んだ者達の顔を見に行く、というのが、初めて部下を失った頃から続いている奴の習慣だ。それで生き返るわけでもないが、と以前奴は弱弱しく笑って言った。

 「自己満足・・・でありますよ」

 そう言った奴の顔は、いつにも増して泣きそうだった。

 

 

 

 何故、自分の傷をわざわざえぐるような事をするのか、と尋ねてみたことがあった。

 今考えれば、そんな言葉をかけるべきではなかったとは思うが、当時の自分には、奴になにか偽善めいたものを感じていたのかもしれない。自分も戦友を失ったばかりで少々気が高ぶっていた。

 友人の死体など、見れるはずが無い。

 しかし、こいつは躊躇することなく、安置所の扉を開ける。

 それはある意味勇気かもしれなかったが、そのときには、お為ごかしにしか見えなかった。

 素晴らしい・情け深い上司であるという、上層部へのアピール。

 感動のお涙頂戴話で出世も思いのまま。

 そんな根も葉もない噂を真に受けて、つい口から滑り出した言葉をとめる手立ては無い。――少なくとも、奴を気遣って出た言葉でなかったのは確かだった。

 

 すると奴はあろう事か口の端だけでオレに笑いかけて、こう言い放った。

 「我輩は傷なんかないでありますよ?」

 「・・・!」

 はじかれたように奴を見て同時に胸倉を掴んで壁に叩きつける。

 やはり、上層部の連中などどれも同じだ。

 そんな想いが胸の大半を覆っていた。

 「――自分の部下が死んだというのに、ぬけぬけとよくそんなことが言えるな、貴様っ!!目の前で部下がお前を守って死んだんだぞ?!他に言う事は無いのかっ!」

 

 「――死んだものの前で、これ以上何を言えと?」

 

 これ以上無いというくらいに冷ややかな声で言われた言葉に、はっとする。声とは裏腹の感情が、奴の目の端に集まって零れ落ちんばかりになっていた。

 「謝れば、死んだ部下が生き返るでありますか?土下座して、自分も死にますと言えばまた起き上がってくれるでありますか?」

 そういう奴の唇が震えていた。心の中からあふれ出る感情を制御しきれずに、肩を震わしながら彼は泣いていた。

 激昂しながら心の中で、慟哭していた。

 「死体の無い棺桶を担いで行って、我輩は一体家族に何と報告すれば良いでありますか?薄っぺらい鉄一枚をもって、どんな気持ちで家族の言葉を聞けば良いでありますか?我輩はどうしたら――どうしたら部下に報いてやる事ができるでありますかっ?!」

 奴は潤んだ瞳で睨み返すと胸倉を掴んでいた俺の手を思いっきり叩き落とした。

 「死んだものにしてやれる事なんて我輩には何も無い!だからこそ――部下が命を落としてまで守ってくれた命だからこそ、我輩は無傷の報告をするのであります!!!」

 オレはそのとき、数秒前の阿呆で間抜けな自分を激しく呪っていた。

 

 目の前の親友の苦悩も見抜いてやれなくて、挙句の果てにえぐらなくて良い傷まで抉ってしまった。

 自分の物差しでしか物事を計れない馬鹿は自分の方だ。

 

 

 いくら銃の扱いがうまくても、暴力では人を守れない。

 

 

 「生まれ変わったらもう二度と我輩の隊には配属されないように…願う事しか、我輩には出来ない」

 

 

 そして願っているばかりでも・・・守る事は出来ない。

 「こんな勲章・・・なんの役にも立たない―――っ!!」

 ちりん、と小さな音を立てて胸から外れた真新しい勲章は、廊下の隅へと転がっていく。青いストライプのリボンが、風にふわふわと揺られていた。

 それを自分は眺めているだけしか出来なかった。

 かける言葉を懸命に捜しながら、眺めているだけしかできなかったのだ。

 

 

 こんな悲しい思いをするならば、いっそのこと兵士になぞならないほうが良かった。とその時の彼は思っただろうか?

 何もかも投げ出して、またあの頃の――花咲き誇る自分たちの故郷へ帰りたい、と一瞬でも思っただろうか?

 しかし、帰ってどうなるというのだ。

 死んだものは帰ってこず、また、純粋な自分が還る事も無い。

 

 自分たちは逃げる事を許されない、巨大な迷路の中に閉じ込められてしまったのだ。

 弱者が強者に蹂躙され、淘汰されていく様を最前列の特等席で傍観していく。

 

 そんな救いの無い、終わりの無い「悲劇」を永遠に見る道を、自ら選んでしまった。

 いや、『選ばされてしまった』というのが適当かもしれない。きっと既に、自分がこの星に生まれてから、悲劇は始まっていたのだ。

 

 あの時、彼の胸から強引にちぎりとられた勲章は、同じ位置に収まって静かに揺られている。ひらひらと静かに翻るそのリボンは、自分たちの運命に良く似ている。

 

 自分の意思では翻る事もできないそれは、悲しき運命の元に生まれた男たちの胸で、今日も静かに揺られている。