眠れるように、歌を歌いましょう。
安心して目を閉じられるように。 安心してゆくことが出来るように。
悲しい事は全ておいて行きなさい。 苦しい事も忘れて行きなさい。
これからゆく旅路には、すべて必要のないものだから
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thing to kill the person
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戦場の歌姫、と呼ばれた女がいた。 娼館の片隅で古ぼけたピアノを弾きながら歌っていた女。 特別歌が上手いわけでもない、容姿が優れているわけでもない。 そんななんでもない普通の「女」が、やけに人気があった。
自分の欲望を処理する為に、女に群がる男達。時には、それを取り合って殴りあいの喧嘩なども起こるわけだが、その女がステージに上がる時間になると、皆ぴたりと止めてしまう。 いつも雑多な喧騒に包まれているその娼館に冴え冴えとしたその歌声が響いたとたんに、そこはどんなオペラハウスよりも上質なステージに早変りしてしまう。 色が変わったようだ、と誰かが言っていた。
「・・・くだらんな」 野営のテントの中。銃の整備をしながら、ギロロは呟く。 「あらら・・・ギロロったらにべもな〜い」 酒とは名ばかりの消毒液を水で薄めて果実を入れただけの物をちびちびと飲みながら、ケロロは苦笑していった。 「でもさ、ホントにいいんでありますよ・・・なんつーか、癒し系?」 「・・・娼婦に癒し系もへったくれもあるわけなかろうが」 マガジンに弾を込めながら、ギロロは肩越しにケロロを睨みつける。 「いくらいいと言っても、所詮は娼婦だろう。歌が上手かろうとピアノが弾けようと娼婦は娼婦。兵士からいいように金を巻き上げる毒婦に過ぎん」 「毒・・・旧いね〜ギロロは」 後ろにいるケロロが、ギロロに向かって呆れたようにそう呟いた。 「旧いか新しいかは関係ない。オレは事実を言っている。――貴様も訳のわからん女に現をぬかしているヒマがあったら、銃の整備でもしたらどうだ?・・・まぁどうせ腕と同じくサビついているんだろうがな」 「んまっ!言うに事欠いてサビついてるだなんてっ!!失敬だな君はっ!!コレでも射撃訓練ではB判定だったのよ?!」 「・・・訓練と実戦では違う」 ギロロは頭痛を抑えるように、額に手を当て瞑目して言った。 「止まっている的を撃つのとは訳が違う。的は反撃してこないが・・・敵兵は武装している。いつまでもそんなで居るわけにもいかんぞ。戦場でお前のお守りをしている暇はないからな・・・」 「・・・わ〜かってるって!いざとなったら、自分の始末ぐらい、自分でつけるであります!」 なんでもない事のようにさらりと言われた言葉に、ギロロはゆっくりと振り返った。 「・・・って、歌の受け売りなんだけどね?」 睨むような視線に微笑みかけて、ケロロは酒を飲みながら困ったように笑った。 「哀しい歌でありますよ・・・戦場に行って帰ってこない恋人を待って、自分が死ぬ間際になってそれを知る女の歌。『待つだけの人生に疲れ果てた後に、待っていたのは絶望だけ。あなた、あなた、あなたが居ない。もう居ない。ただそれだけなのに、なぜこんなに哀しいの?わかってる、わかってる、わかってるわ。自分の始末は自分でつける。あなたが旅立った朝靄の向こうに、きっとあなたが居る。私を待っている。』・・・たしか、そんなニュアンスだったであります」 「ふん、まるで自殺願望者のような歌詞だな」 「・・・そうだよ」 今度は、ケロロがギロロを睨む番だった。
「彼女は、もう居ない。死んだんだ」
ギロロは何の表情も灯らない顔で、ケロロをただじっと見ていた。 ケロロも、相変わらず無表情な瞳で、ギロロを見つめていた。 「・・・ついさっきね、知り合いに聞いたであります」 まるで言う事を拒否しているような、たどたどしい口の動きで、ケロロは言った。 「朝・・・襲撃があったでありましょう?そのときに、ゲリラが娼館に進入したらしいのよ。その後は・・・まぁ、お約束というヤツでありますな」 きっと、見るに耐えない事が起こったに違いない。ギロロは甲高い悲鳴が聞こえた気がして、すっと瞳を細くした。 「それで、現地の治安軍がなだれ込んで何とか鎮圧したんだけど・・・女の方は全滅でね。そのなかで、一人だけ綺麗なまんまの女がいたんでありますよ」 他の娼婦たちは、侵入したゲリラから逃げようとしたのか、廊下やベランダで死んでいるものが大半だった。部屋に居たものもあったが、とっくに「汚されて」しまっているか、原型をとどめないほど惨殺されてしまっているかの二通りだった。 そのどちらにも当てはまらない女。それはきっと彼女だ。 「場所が屋根裏という事もあったんだろうね・・・そのまま息を潜めてれば見つからずに済んだかもしれないのにさ」 その手には、旧式の軍用拳銃が握られていたという。型番から元の持ち主がわれ、それは数年前に戦死した一人の兵士のものである事がわかった。
まさに彼女は、歌の通りに、自分の始末は自分でつけたわけだ。
誰の手も借りずに、彼女は一人朝靄の中に旅立った。
彼女の想い人を、こんどは彼女から探しにゆくために。
「・・・まったく、戦場では悲劇には事欠かないな」 吐き出すように言われたその言葉に、ケロロは持っていたコップに瞳をおとした。 赤とピンクの小さな果実の欠片がくるくるとその中で回っている。
彼女と想い人は果たして、朝靄を抜けて逢えたのだろうか? |