今は、幸せですか?

 きちんと3食食べていますか?

 笑えていますか?

 友達は優しいですか?

 

 私は心配です。

 

defend

 

 「軍曹さん、何見てるですぅ?」

 

 夕食を食べ終わった午後7時頃、タママが超空間から出てくるなりそう言った。

 目の前の軍曹の手には、彼らの文明レベルには珍しい、紙が握られていた。

 「手紙、でありますよ」

 それをどこか遠いまなざしで見ていたケロロは、覗き込んできた年下の部下にそう言って笑いかけた。

 「部下からの手紙であります」

 「手紙?今時古風ですぅ」

 あて先は、タママが聞いた事も無い土地の名だ。ところどころ紙魚がついているそれは相当年数が経っている事を表していた。

 「でもどうして・・・・・・・・・・・・・・・・・もしやっ!」

 「え、あっ!コラっ!!」

 半場むしりとるようにして引っ手繰ったその紙を食い入るようにしてみたタママは、そのほんの半刻後に奇妙な顔をして手紙を返した。

 「なんか・・・変な手紙ですぅ」

 

 ほんの数行。

 100字にも満たない文字がちまちまと書かれているだけで、他は何も無い。

 「ラブレターだったら、即座に破り捨ててやろうと思ってたのに・・・残念ですぅ」

 「君ね・・・我輩にラブレターが来なくて安心したのかそうでないのかどっちなのよ?」

 「もちろん、前者のほうですぅv軍曹さんはボクのモノですから♪」

 ウインクつきで言われた言葉に、ケロロはただ苦笑するしかない。その後の相手を挽き肉云々は置いておいて。

 「これはね・・・我々ケロンの技術でも行くだけで30年かかるようなところから届いた手紙であります」

 「30年・・・じゃ、これ、30年前の手紙ですぅ?!」

 「そ。昨日速達で届いたであります。日付は28年前の今日・・・速達だからね。ちょっと早かったでありますな」

 ふぅん、と曖昧に相槌をうって、嬉しそうに笑っているケロロの顔を見つめた。

 「でも・・・28年もかけて送る内容にしちゃ〜ちゃちくないですかぁ?・・・ボクだったら、愛してる〜とか、浮気したら殺す〜とか、そういうこと書くと思うけどなぁ・・・」

 さらりと、しかし明らかに浮かんだ本心に気づかぬ振りをして、ケロロは困ったように笑って言った。

 「・・・まぁ、部下からの手紙なんて得てしてそんなモンでありますよ・・・お元気ですかから始まってそれではで終わる・・・マニュアルがあるくらいでありますから」

 すると、タママは片眉を引き上げて、ケロロの瞳を覗き込む仕草をした。ケロロはタママのこの仕草に昔から弱かった。

 心の中を覗かれているようで、なにかとてつもなく悪い事をしてしまったかのような気持ちにさせられてしまう。

 「・・・な、なんであります、か?」

 どきどきと勝手に脈を打つ心臓を押さえてしどろもどろになってそういえば、目の前の年下の部下が大きなため息をついて不機嫌そうに口を尖らせた。

 「そうじゃなくてぇ・・・ボクが言ってるのはそういうことじゃないですぅ」

 「・・・?」

 「だからぁ!好きでもない人に、28年間もかけて手紙なんか送るワケないって、言ってるんですぅ!」

 もう、と腰に手を当てて言われた言葉の意味を理解するのに相当な時間を要したと思う。ケロロは暫くぽかんと口を開けていたが、だんだんと意味するところが見えてきて顔が勝手に赤面した。

 「あ・・・そゆ事・・・」

 

 今思えば、わざわざ時間のかかる手紙などという形式にしたのも、直筆などという前時代的な様式にしたのも、それが理由だったのだろう。だいたい輸送費だって馬鹿にならなかっただろうに。おかげで転送のシールが宛名を覆い尽くさんばかりに張られている。

 

 なんでもない紙切れだったそれが、突然何かに変わってしまったかのように、ケロロはそれ以上持っている事が出来なくて、何気なくを装って遠くへ放った。

 するすると小さな音を立ててすべる手紙は丁度テーブルの端のほうで止まった。

 「これは・・・」

 不可解な感情だ。

 ケロロは胡乱なタママの視線から逃れるように顔を右手で覆った。

 こんな感情は知らない。

 

 「ムカツク・・・」

 そんなケロロの表情を見て、タママは吐き捨てるようにそう言った。

 そして、敵を見るような目でその手紙を睨むと、さっと手にとって何のためらいもなく縦に引き裂いた。

 「ああぁっ!!!」

 それを止めようとしたケロロの手が空しく宙をきる。

 

 暫く、紙を引き裂く小さな音だけが部屋の中に響く。

 

 タママはこれ以上小さくならないと言うぐらいに小さくそれを引き裂いて、それをぱっと宙へ放った。

 「あああ・・・」

 がっくりと肩を落として、ケロロはそう唸るように言った。

 

 ひらひらと舞う白い紙は、まるで地球の桜のようだ。

 その中で勝ち誇ったような顔をしてみせて、タママはケロロの宙に浮いたままの手を掴んだ。

 「ねぇ・・・軍曹さん?」

 「た、タママ君?」

 双眸に浮かんだ危険な光を察知して、ケロロはとっさに身を後ろに引く。しかし、反射速度で突撃兵のタママに適うわけもなく。

 背中に何気に回した手で更に距離が近づく。

 「こんな紙ッキレ一枚で軍曹さんの心が手に入るなんてムシがよすぎるとおもいませんかぁ・・・?」

 「い、いや、それよりもさ、タママ君ちょっと離して・・・」

 ぎりぎりとまるでその肌に痕をつけるかの様につかまれた腕は、既に痺れてきていた。

 お互いの息がかかるくらい近くによって、タママは掴んでいた手を滑らせるようにしてケロロの頤を掴んだ。

 「ボク・・・知ってるかもしれませんけど執着心がモノすごいんですよぉ。・・・だからね、ボクと軍曹さんの間に入るのがこんな紙魚だらけの小汚い紙ッ切れでも許せないんですぅ」

 「か、紙・・・っ切れ・・・って」

 

 「軍曹さんは・・・ボクのものですぅ」

 

 切れ長の目がす、と細められて、漆黒の闇がその双眸を覆う。

 殺気がその身を覆い尽くさんばかりにあふれ出て、ケロロは殺されないと分かっていながらも戦慄した。

 「あの女にも、この紙にも、先輩にも・・・誰にもわたさない、ボクだけの、大事な、大事な、大事な軍曹さんですぅ」

 

 それに、

 その哀しいほどの独占欲に何か言おうとして、ケロロはあきらめて視線を落とした。

  

 己が身を焦がさんばかりにあふれ出る愛は、いつしか彼自身も破滅に向かわせるのだろう。

 周りを全部殺して、焼き尽くして、自身さえも燃え上がってたとえ灰になっても止まる事は出来ない。

 そして、その灰は彼の愛と同じように、何もはぐくみはしないのだ。