まわる、まわる、うんめいのわ

 ひとも、みな、そのうえで

 

 はなさくときもはなちるときも

 まわる、まわる、うんめいのわ

 

 とめるすべは、もたないけれど

 おもうほうこうにかえることはできる

 

 まわる、まわる、うんめいのわ

 とまることなく、まわる、まわる

 ひとも、みな、そのうえで

 

 

It makes an excuse

 

 あの頃は酷かった。と皆が口をそろえて言う。

 そして、そう言った後には、必ずといって良いほど言葉は続かない。

 

 忘れたい戦争の「記憶」。

 ケロンの暗部、と言われているその過去には、皆腫れ物に触るような対応の仕方だ。

 

 老人たちは嘆息し、

 兵士たちは瞑目し、

 若者たちは息をまく。

 

 女たちは怯え、

 子供たちは泣きじゃくり、

 街角の死体にはハエがたかる。

 

 

 何が悪かったのか、何が真実だったのかも、うやむやにされたまま、

あの戦争は終結させられてしまった。

 

 

 

 

 

 「ふんふんふ〜♪ んふふんふふふ〜ん♪ ふふふふんふんふふふ・・・」

 日向家の中庭から、今日も楽しげな鼻歌が聞こえてくる。

 緑のカエル型宇宙人が、洗濯物を鼻歌交じりに干すという非日常もすっかり日常化し、その家の『主・代行』こと日向夏美はその光景を何の気なしに見つめていた。

 季節は夏真っ盛り。

 湿気を何よりの友とするこのカエルを、この季節に、わざわざ外に出せば多少なりともしぼんでおとなしくなるに違いない、と思ったのだったが、日本は亜熱帯に属する気候ゆえ、それはもう湿気がいやというほどあるわけで。

 「ふふんふふんんふふふん♪ふふんふふ、ふふっ!――んふふふんふうふうっふ♪」

 (クライマックスかよ・・・)

 太陽の空の元、つやつやとしたカエルが洗濯物を干しながら踊り狂っているさまはそれはもう不気味以外のなにものでもない。

 地球広し・・・いや、宇宙広しといえども、宇宙人が洗濯物を干しながら踊り狂っている庭など、日向家しかないに違いない。

 「ふんふんふ〜・・・っと! おを、代行殿! お洗濯終了したであります!!」

 空になった、明らかに自分よりも大きな洗濯籠を抱えるようにして扉を開けた(もちろん足で)彼に、夏美は嘆息して読みかけの本を後ろに放り出した。

 「な〜に〜よ、その『代行殿』っていうのは。――まぁ、いいわ。次はリビングの掃除、おねがいね」

 「了解であります! ―――?何でありますか、コレ」

 ちょうど彼の足元に放り出された本を不思議そうに見て、ケロロは小首をかしげた。題名は戦争と平和。

 戦争、という文字に、ケロロの瞳が心なしか影を帯びる。それに気づくはずもなく、夏美はソファにねっころがりながら、うんざりとした調子で言った。

 「・・・感想文よ、感想文。第二次世界大戦の。まったく、宿題が出ないってきいてたから喜んだら、コレよ。――もう、戦争のことなんてどうやって構成立てたらいいのよ〜」

 「・・・戦争、でありますか」

 

 

 

「くそっ、俺たちは・・・今まで――一体何のために・・・っ!」

朽ち果てた前線基地の、粗末な医療用ベッドの上に届いた突然の「終結宣言」。

信じて戦ってきた国や上層部が、その瞬間からすべて敵に変わる。

 

反逆者。

 

たった3文字の烙印を押されたものたちが、次々と処刑場へと送られていく。

かろうじてその責任を免れた人々は、みな一様に胸をなでおろす。

 

それに、誇りなどは一欠けらもなかった。

 

自分は、息をするのもままならない体で、見ていることしか出来なかった。

 

 隣の患者(とも)がベッドから引き摺り下ろされ、

護送用のストレッチャーに乗せられて運ばれていくのを

 

 

ただ見ていることしかできなかったのだ。

 

 

 

 「地球暦1939年に勃発した地球最大の大戦のことだ」

 「っうわ! びっくりした〜」

 いつのまにかケロロの後ろに立っていたギロロがそう口を挟んだ。

 「――あれ、なんだ、ギロロ。お前、知ってんの?」

 「さわり位誰でも知ってることだろうが」

 ギロロはそう吐き捨てると、リビングの椅子にどっかりと腰を下ろした。

 その語尾になにか冷たいものを感じて、ケロロは不思議そうにギロロを見る。彼が用もないのに日向家のリビングに来るというのも珍しかったが、何よりも「主夫」をしているケロロを見ても何も言わなかったというのが不思議でならなかった。

 不思議そうなケロロの視線に気づいたのか、ギロロは取り繕ったようにギロリと睨んで「そんな事よりも地球侵略案はできたのか」と言ったが、その視線にもどこか覇気が無い。

 言い訳をしようとしたケロロは、口を開きかけて、自分の瞳にも力が無いことに初めて気づいた。

 

 

いつもどこかで戦争が起こっているこの世界で

今の幸せを感謝する、というのもおかしな話だが、

 

優しい風にはためく白い洗濯物と、

のんきに雲が浮かぶ青い空を見ていると、

 

嫌でも今の幸せに感謝したくなるのだ。

 

 

 この平和がいつまでも続くとは限らない。いや、むしろ自分たちがここに居ることで、もっと先であったはずのそれが、確実に近くなってしまっているのだ。

 

 戦争の愚かさ、つらさは、自分たちが身を持って知っている。

 しかし、それに意味を見出そうとしている自分がいるのも、否定しようが無い事実だ。

 

 自分たちは戦争屋だ、とギロロは言う。

 戦争屋は、戦争がなくなっては生きてはいけない。

 だから、戦争を起こすのだ、と。

 

 血で血を洗うような戦争。そんな戦争に意味があるのか。―――いや、そんな戦争にすら意味を見出すことでしか生きていけない人種も居る。

 

 

 守りたい、と思う。守らなければ、とも思う。

 しかし、自分の意思の反するところで、時代は動いている。

 

 

 「なによ、急にだまっちゃって・・・」

 夏美が、その沈黙の重さに気おされたように言った。その言葉にケロロははっとなって、夏美を見上げた。

 「い、いや。それよりもリビングの掃除でありましたな?任務続行であります!」

 ごまかすように明るく言って、隣に置いてあった掃除機『すいと〜るくん』のホースを手に取った。

 

 

 

 「・・・まわる、まわる、うんめいのわ。ひともみなそのうえで・・・」

 課題で悩む夏美を見守るように、ギロロは椅子に腰を下ろしている。鼻歌交じりに掃除しながらその様子を暖かく見守って、ケロロは今の任務へと精をだすことにした。

 「はなさくときも、はなちるときも、まわるまわるうんめいのわ」

 

 いつまでもこの平和が続いてくれればいい

悲しい思いなど無いほうがいい

それが戦争などというものなら、尚更

 

 

 歌われるその歌の本当の意味を知るものはあまりにも少ない。