目を開いているのか、閉じているのか。

それすらも解らぬ完全な闇で、私は独り。

先(かなた)に見えた光を目指し、飛翔(と)んでいる。

 

それは現か幻か。

この翅(はね)を焼くのは果たして炎か、それとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宵秘話

 

 

 

布団は一枚。

枕は一つ。

寝ているのは二人。

しかも両方とも裸。

 

何度見返しても過ぎ去った時間が戻るわけもなく。

状況証拠から鑑みても至る結論は一つだけで。

 

「・・・和姦とは、どう好意的に見ても言えない状況だな」

 

とりあえず脱ぎ捨てられていた服を引き寄せて、新城は聞こえないように独り言を言った。

平和な顔をして眠っている彼の首筋に赤い痕を見て赤面と同時に胸に罪悪感がよぎる。

およそ愛を交わした後とは思えない、五本の指の痕。

いや、愛を交わしてすらもいないかもしれない。

これはただただ一方的に振るわれた、暴力の痕だ。傷一つ無い自分の身体を戒めるように爪をたてる。

そして、ため息一つ。

 

がしがしと頭を掻いて、そのまま蹲りたい気分に陥る。

いつもの事とはいえ、いい加減彼も限界なのではないか。体力的にも精神的にも遙かに彼の方が負担が大きいこの行為を、果たして交接と呼べるのだろうか。

 

男同士の恋愛は崇高なものだ、などと言ったのは一体誰であったか。ともかく、それに自分は爪の先ほども含まれない事だけは自信をもっていえることであったが。

 

「・・・ん」

 

堂々巡りの論議を脳内でしながら彼を途方に暮れた目で見やっていると、身じろぎ一つしなかった彼がうっすらと目を開けた。

その挙動を見て新城はぎくりと身体を強張らせる。何度肌を重ねても、この瞬間は永遠に慣れることは無いだろう。

唐茶色の瞳が此方にゆっくりと移動するのを、死刑囚のような気持ちで見守って、彼の言葉を待った。

「・・・私はそんなに酷い顔をしているかね?」

そんな新城の狼狽を暫くきょとんと見ていた笹嶋は、そう苦笑して言った。

「それとも後悔しているのかな?」

「あなたを抱いた事に後悔はしていません・・・が、学習能力の無い自分に嫌気がさしているところです」

とりあえず、罵倒の言葉が降ってこないことに少しだけ安堵して、新城は再び自嘲のため息をつく。

「『優しく』という言葉に縁が無いようだ。僕は」

手を差し伸べて、彼をが起きるのを助ける。大分受け入れるのにも慣れたとはいえ、やはり辛そうな彼を見てほんの一瞬だけ、新城は顔を歪ませた。

「・・・君が他の人とはほんの少しだけ変わっていることは認めるがね。まぁそんなところもひっくるめて君なんだからいいんじゃあないのかい?」

他人事のように彼は言って、じっと新城の瞳を見つめる。

「少なくとも私は嫌ではないよ・・・自分でも信じがたいがね。―――というか、」笹嶋はそこで一呼吸分置いて言う。「優しくされたりした日には夢にみそうだ」

「・・・随分な物言いですね」

おどけた風で言われた言葉に半目になって返す。それに、はは、と短く笑って、笹嶋は顔を俯けて乱れた髪の毛を掻きあげた。

 

「今でも私を殺したいかい?」

 

小さく呟かれた言葉に、新城の頭を思考を止める。冷たい宵月夜の光が、薄く開いた障子の間から笹嶋と新城を引き裂くように漏れていた。

行燈はいつの間にか消えてしまっている。

 

「それとも既に殺されてしまっているのかもしれないな・・・私は。妻も子供も居るというのに・・・なんとも浅ましい事であるが」

輪郭だけ見える彼の言葉が、凝りのように部屋にとどまる闇に解けてゆく。

「あなたこそ、後悔しているのでは?」自嘲を伴った言葉尻に口の端だけで嗤って、新城は言う。「まぁ後悔だの何だのと言われても逃がしませんが」

それこそ今更ですがね。と冷たく続けられた言葉に今度は笹嶋がため息をつく。

「読めない男だね、君は・・・。怯えているのかと思えば、今度は牙を剥く。豪胆なのか小胆なのか解らなくなるよ」

「理解しやすい人種でない事だけは確かですね。僕は小胆でどうしようもない男ですよ・・・実際今だって頭は混乱したままです。」

窮すればする程まわる頭だけが取り柄の男だ。他の何があるわけでもない。

その言葉に薄く笑って笹嶋の瞳が此方をみる。柔らかな中に存外に強い光を見て、新城は目を細めた。眩しすぎる。

 

 

思えばこの光に吸い寄せられたのではないのか。

炎に集まり翅を焼かれる蝶のように、この想いはまさに身を焦がす勢いだ。

群がる蝶の命を奪う残酷な光。しかし焼き尽くされた蝶は寸の間の暖かさに酔い幸せのままに死んでゆく。

 

捕らえられたのは、一体誰だ。

 

殺したのは、一体誰だったのか。

 

しかしその問いに新城はどうでもいいか、と結論づけた。

今の自分にとって必要なのは結論ではない。例えこの身が焼き尽くされようと、彼と共にあるのだという事こそが重要なのだ。

今は思惑通りに燃え上がってやろう。と心の中で密やかに笑んで、彼の手首を掴み引き寄せる。

 

そしていつの日か僕の炎で、あなたごと燃やし尽くしてやる。

 

引き寄せられた笹嶋の影が、引き裂く線の向こう側の新城とゆっくりと重なる。

体温の存外の暖かさに新城は瞑目し、肩口に噛み付いた。

 

 

 

 

※【こうせつ】[名]スル 人と接すること。交際。つきあい。 性交。交合。   「大辞泉」より

 

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