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「・・・ぷぅぃい~!やっぱ一仕事終えてからのガンプラはまた格別だぁねぃ」 展示室と名づけられたガンプラ置き場に、ケロロは一人で居た。広い室内には、彼の数々の「作品」たちがガラスケースに入れられて安置されてある。中にはジオラマ付きで戦いの場面を表現しているものもあり、かなり凝っているようだった。 「これなんかはねぇ~組み立てる時にかな~り苦労したからねぇ~。特にこのツノ。これはこのツノが重要なんであります!」 誰に言うともなく陶酔気味にそう言うと、彼は大事そうにそれを持ち上げる。 塵一つない綺麗なボディーにスポットライトが反射して、まるで本物のような質感をもっている。と、自己満足して彼は頷く。 彼のガンプラにかける情熱は生半可なものではなかった。 幼少期、地球産の純正ガンプラなど子供の小遣い程度でどうこう出来る代物ではなかった。安価なものも出回ってはいたが、それは大概名ばかりの与太ったコピー品か模造品だ。 ボタンを押せば光るだの、光線が出るだのとかいう模造品の売り文句に同級生は夢中になっていたが、彼はまるきり興味が無かった。 洗練された形と、徹底的に実用性に特化した造り。 無駄のない機能美に勝るものなど何も無い。 彼は幼少の頃から、ある種職人的なこだわりを持っていた。 家が金持ちだったゼロロがシリーズを全て網羅していると聞いたとき、羨ましいを通り越して殺してやろうかと思ったくらいに妬んだ覚えがある。 いまとなっては、いい思い出ではあったが。 「ここにいらっしゃったんですか、おじさまv」 不意に展示室のドアが開いて、モアが入ってくる。茶色い肌と、短いスカートは彼女が初めて逢った地球人をトレースした時のままで、いわゆるコギャルというものである。 地球人のコギャルは凄まじいモノであるらしいが(冬樹の話によるとある意味人を超越した存在なのだそうだ)、彼女は至って温厚で心優しい少女であった。 「おおモア殿、どうよコレ。この曲線がタマンネーでしょ~」 「すごーい、破壊したらキラキラしてすごく綺麗でしょうね~vていうか光彩陸離?」 彼女の生まれを考慮しなければ、の話であるが。 「・・・で?なんか我輩に用なの?」 手に持っていたガンプラを慌ててガラスケースの中に戻しながら、ケロロは言った。その言葉に用向きを思い出したのか、モアはスカートのポケットから一枚の紙を取り出す。 「そうでした。えっと・・・本部から通信が入ってるそうです」 「本部から?」 ケロロは一瞬考えるような顔つきになったが、用向きに心当たりがあったのか、どーでもいいという風に手を振った。 「・・・ああ、どうせ報告書の件デショ。あの赤達磨からも今日言われたであります。あとでアローで適当に―――?」 そう言って振り向いた時のモアの顔が優れないのに気づき、ケロロは怪訝な顔をする。 「どうしたんでありますか?モア殿?お腹でも痛いんでありますか?」 いっそそうであれば良かったのに。 モアはそう思ったが不安を打ち消すように笑顔を浮かべて言った。 「いいえ。でも・・・なんだか連絡をくれた時のクルルさんの様子がちょっとおかしかったものですから」 なんだか慌てていたような気がする。口調は同じだったが、普段の調子ではなかったようにモアには思えたのだ。 (隊長に至急連絡しろ) 言われた言葉もいつもの通りだったが、いつも纏っている余裕も失われているような気がしていた。 何かがおかしい。いつもと違う。 漠然とではあったが、モアはそう感じていた。 「…クルルがおかしいのはいつもの事でありますよ」 ケロロは、不安げに俯いてしまったモアを安心させるように優しく微笑んで言った。 しかし、確かにおかしい。 あのクルルが、あのトラブル&アクシデントを身上としている男が、たかが報告書如きの件で使いを出したりはしない。 むしろ、握りつぶすだろう。 そもそも、彼が連絡をしてくるなどという事は稀な事であった。 (しかも、『至急』とはね) モアの前では言わないが、ケロロも何か胸騒ぎめいたものを感じていた。こういうときのケロロの直感は当たるのだ。 「…モア殿」 「はい、おじさま」 「皆に、非常召集をかけて欲しいであります」 ケロロの瞳が冷たい光を帯びる。モアははじかれた様に彼を見た。 彼の体から立ち上る、暗い闇。 モアが見たことも、感じた事もないケロロ「軍曹」がそこに居た。 「…おじ…さま」 「それと、クルルに通信の詳細な報告を。我輩が到着するまで、まとめるよう言っておくであります」 「そ、それは、やっぱり・・・」 いささか緊張気味に答えたモアに、ケロロは微笑んだ。 「なぁに、念のためでありますよ」 しかしそう言った彼の瞳は、笑ってなどいなかった。 杞憂であって欲しい。調査が無駄であればいい。そうすればまたいつもの優しい夢に体を委ねる事が出来る。 『あの頃』に戻らなくて済む。 冷たいだけの、辛いだけの夢。 忘れる事を許さない記憶。 彼はそれから逃れるかのように静かに瞑目した。 「おじさま・・・?」 突然口を噤んでしまったケロロを心配そうにモアは見やった。 閉じられた瞼の奥には、一体どんな光景が広がっているのだろうか? モアはケロロの過去を殆ど知らない。 人づてには色々と聞いてはいるが、彼女が会ったときには既に今の「優しいおじさま」だった。 勿論、彼がそれだけではない事も知っている。表面だけを信じる程、彼女は子供ではない。 かつて急進派が台頭していた頃のケロン軍が何を行っていたのかも知っている。 天真爛漫に生きているようで、彼らがそうでない人生を送ってきた事は分かっているつもりだ。 軍属という性質上、他の生物の命を奪うような過酷な任務に着く事もあったろう。伍長達の洗練された戦闘能力や曹長の情報収集・操作力もそういった経験で培われてきたものだ。 ここでは辛くもその能力が発揮されること無く済んでいるが、この先ずっとそうだという保証は何処にもなかった。 (私のこの力だって・・・!) モアは、強く右手の手首を左の手で掴んだ。もしかしたら、この先理性のたがが外れるような事があれば、使ってしまうかも知れない。 地球を破壊する事。 それが、モアに課せられた使命。しかし、未だ持って彼女は成し遂げられずにいた。 一度発動してしまえば、誰にも、もちろんモア自身にも止めることは出来ない。ルシファースピアに全神経を繋げるために、モアはモアでなくなってしまう。 そうなってしまえば、誰も彼も区別はない。 みな等しく宇宙の塵と化してしまう。 自分の持っている強大な力に、モアは今更になって怯えていた。 もし何かがあれば、破壊してしまうかもしれない。 大好きな大好きなおじさまごと。 そう考えると怖くて立っていられなくなる。 自然と体が震えてきて、モアは自分の体をぎゅっと抱きしめた。 (大丈夫――大丈夫。そうしないために、私はここに居る) 目を瞑ってモアは軽く深呼吸をする。 (私がここに居るのは――そう、おじさまを守る為なのだから・・・) 詭弁かもしれない。だが、今はそれに縋るしかない。今の自分をささえているものは、それしかない。 なくなった後の事なんて考えてもいない。 大事なものをなくさない為に、守る為に、自分はここにあるのだから。 「おじさま、わたし・・・通信室に戻ります!」 不安を振り切るように、モアは出来るだけ明るい声で言った。 「召集はきちんとかけておきます!」 モアの気持ちが伝わったのか、ケロロは冷たく凍っていたまなざしをようやく綻ばせる。 「よろしく頼んだヨ!モア殿っ」 彼はいつもの笑みを浮かべると、右手の親指を突き出してみせた。 それにモアは微笑みかけると、そのままくるりと後ろを向いて一直線に駆け出した。 (今、私に出来る事をしよう。おじさまのために出来る事。大丈夫、きっとなんでもない事)
なのに なぜ 不安は 拭えない?
モアは今にも止まってしまいそうな両足を懸命に動かした。 (お仕事がおわったら、おじさまのお手伝いをして、おじさまのお部屋のお掃除をして―――) 必死にその後を考えるのだが、どうしても続かなかった。 その後がない事など考えたくはないのに。 いつもの日常が来ない事など感じたくはないのに。 思考の隙間からなだれ込んでくる予感が、モアの胸を締め付けた。
息があがる、喉が引きつりそうだ。 舌が乾いて、麻痺してくる。
でも止まれない。 大好きな、大好きな、大好きで大好きなおじさまを守るために。 世界でたった一つの、かけがえのないものを守る為に。 異空間ワームホールの発生装置を半ば叩き割るようにして押すと、行き先を設定する操作ももどかしく中へ飛び込んだ。 通信室へ移動する間、モアは荒い息を深呼吸して整える。 (救えるでしょうか?私に) モアは震える瞳で、瞼の奥の自分に問う。 破壊するしか能のない自分。 塵となった命を見つめる事だけしか出来ない私。 「自分」は凍える眼差しで「私」を見ていた。
(よろしく頼んだヨ!モア殿っ)
不意に、ケロロの声がよみがえってきて、モアはかっと瞳を開いた。 こんな私でも頼りにしてくれている。 瞳の淵から零れ落ちそうになっていた涙を拭って、モアは顔を挙げた。 訪れてもいない絶望に諦めることはない。 まだ自分は立っていられる。私は「私」でいられる。 こちらを見つめている心の奥の自分を優しく突き放すと、キッと向こうを睨んだ。 「まかせてください!モア・・・がんばります!!」 モアは置いてきたケロロに向かってそう呟いた。
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